代表取締役:猪上素啓プロフィール

株式会社headsfirm代表取締役 猪上素啓のプロフィールです。

是非、お時間あれば観てください。そしてお読みください。

もし、あなたがこのページにたどり着いたなら何かのご縁かもしれません。

この時間を無駄にしないように少しでも興味を持っていただけるようにプロフィールを書かせて頂きます。

遡ること20数年、美術大学を卒業して目的が無かった・・・

しかし、すぐに就職するのは、なんとなく、つまらないと感じていた。

とても退屈だったので学生時代からのバンドを続けて時給だけが魅力のアルバイトで生計を立てていた。

そんな時、たまたま知り合った一人のヒッピー風のおじさんから、

焼き芋屋の存在を教わった・・・

モノを売って生計をたてる世界は、あてもなくアルバイトしているより

とてもとても、魅力的に見えたのだった。

何故かというと焼き芋屋には

3つの魅力があった

働く場所が自由

・働く時間が自由

・ちゃんとやれば儲かる

とりあえずアルバイトで3ヶ月やってみた

”これは自分のペースでできる”

”結構儲かるかもしれない!?”

と即決して軽トラックを購入した。

そして鉄板工場で焼き釜を作ってもらって

軽トラの荷台に設置♪焼き芋屋として開業した。

はじめは地元で販売していたのだけど全く知らない地域で売るほうが儲かった。

その理由は後ほどわかることになる。そうして軽トラと一緒に旅に出た。

モデルはフーテンの寅さん。日本全国を回わり、

うまいものを食べる、友人を作る、マドンナと知り合う

そんなイメージを持って日本の各地で焼き芋屋を販売する行商の旅を始めた。

やってみると商売がおもしろくて、おもしろくて、、、

 

いかに短時間で売上を上げて各地で遊ぶかにはまっていった。

マドンナの方は勇気がなくてだめだったけど・・・

都会ではない地方を各地回って旅を続けていった。

続けていくうちにある事に気が付いた。

それは売れる地方があるということ。

結果的に静岡・山梨・長野、そんな都会とは少し離れた場所で焼き芋はよく売れた。

 

何故、地方の方が売れるのか?

 

理由は簡単、焼き芋屋自体がいないから

すなわち競合相手がいないので行けば珍しがられて初物で飛ぶように売れた。

これは後ほどマーケティング会社で学ぶ、ランチェスター戦略と言うものだ。

ランチェスター戦略をナチュラルにやっていた。

ローカルな地域を回る戦略で各地に訪れていった。

そんなこんなで沼津のおばあさんの話し相手になったりしていると

”養子に来ないか?”とか言われたりして、、、各地にリピータを増えていった。

今思えば、その頃は”感”で動いていたけど

自然とお客さんに各地の焼き芋状況を聞いたりしてマーケティングやっていたように思う。

そうこうしていると、映像作家の友人が、僕の巡業の様子をビデオ撮影して

”焼き芋ロック”

というドキュメンタリー映画を作成した。

それが、なんと!東京ビデオフェスティバルで入賞!

一気にブレイク!?(いや、しなかったけど、、)審査員の人達には沢山褒められた。

そんないい感じで青春らしく過ごしていた時・・

 

二つの事件が同時に起きた。

1つは、軽トラが急に壊れた事

速度が20Km以上でなくなった。どうも酷使しすぎていたみたい。。。

そしてもう1つ 阪神大震災。

震災の時は、地元から離れている方が怖かった。

それは電話しても繋がらないから

”現地の情報が分からない”

誰かがどうにかなっていたらどうしよう?不安がよぎった。

数日後、何とか電話連絡は取れ、家族は無事だった。

しかし友人たちの情報が曖昧だった。

一旦、関西の家に一旦帰らねば、、、と決意して、何とか壊れかけの軽自動車で西宮の実家に戻ってきた。

帰って友人達の無事を確認してからはボランティアで崩れた建物の廃品作業の仕事を手伝っていた。

 

そうこうしているうちに半年が過ぎた。

次の仕事を探そうと思っていた矢先、その時よく行っていたBARのマスターが、自分の奥さんが子供を産んですぐ、家出して帰ってこない

という、なんとも非常識な報告がありマスターは子育に専念するの1年間、店を経営して欲しいと打診された。

面白そうなので即答!BARを期間限定で経営してみた。

自分好みの店にして、好きな音楽を流して、美味しいお酒が飲めるようにアイディアを絞って楽しく儲けることができた。

かなり体はハードだったけど面白かったので一年間で休みなく働いた。

1年の契約期間が終りある程度のお金ができた。

 

次にやる事も無かったので日本以外もいろいろ見てみたいと思い、

バックパッカーとして海外に行き始めた。タイ・ネパール・インドあたりを2年間のんびりと回った。

その中でもタイの離島のビーチが最高だった。述べ半年ぐらいいたかもしれない。

ゴキゲンな時間を過ごし日本に帰ってきた。

 

しかし帰ってきても、やることがないので、またカフェでバイトとかしてのんびりしていると・・・

 

学生時代、絵を習っていたおじさんが画廊喫茶を作る事になり、アルバイトすることになった。

そこは給料がかなり安くて生活は大変だったけどのんびりした仕事だったので、本をよく読んだ。

そんな感じで飲食関連の仕事が続き、このまま飲食業界で自営でもはじめようかなと思った矢先、、、

ちょうど世間ではウィンドウズ98が発売されインターネットブームが巻き起こった。

僕自身、大学で美術・デザインを専攻していたのでWEBデザインに興味を持ち見よう見まねで、知り合いのホームページを作成していた。

そうこうしていたら、知り合いに働きにこないか?

と誘われて、ある会社にアルバイトに入社しWEBデザイナーとなった。

初めての会社勤めで、今までの感覚とは違って精神的にかなりハードだった。

しかし、その頃はITバブルと足並みがピッタリ揃っていたのでその会社が急カーブで成長しどんどん人が入ってきた。

そうして30歳で初めてサラリーマンになった。

様々なクライアントのWEB開発に携わり、ポジションもディレクターになり気がつけば部下も増え、会社もヘラクレスに上場し環境が急激に変化していった。

クライアントも大企業になって大きなプロジェクトを動かせるようになっていた。急成長ベンチャー企業の中で今まで会ったこと無いような人々と出会い仕事して刺激的だった。

こんな感じで、企業で務めるのもいいかもしれないそんな感じで調子良く進んでいると思ったら、、、急に民事再生

すなわち働くところが無くなった。

ちょっとしたバランスで、もろく会社は潰れる。

そんな危うさを身を持って経験できて非常にラッキーだったと思っている。

30人ほどいた部下たちはそれぞれの道へとバラバラになっていった。

どうするか迷っていたら直属の上司が起業し、そのままついていく事にした。

新しい会社のポジションは営業。

日本各地に地域情報ポータルサイトを販売する仕事だった。
また日本各地に営業に出かけていく。

そんな事をやりながらも元々商売が好きだったので自分でショッピングサイトをやってみたいと考えていた。

しばらく続けていたがその会社も景気が悪くどんどん給与が減っていった。そのままでは生活に支障が出るので思い切って初めての転職。

転職先は老舗のEC会社だった。

 

そこでは今までのマーケティング知識を駆使して売上を昨年対比161%迄引き上げることができた。

そうして過去に経験したことのないまったく違う価値観と業務フローを体験させてもらった。

しかし、自分自身の魂に元気がなくっていくことに真正面から向き合うことになった。

 

企業ならでは意思決定の遅さ、人の目を気にする事なかれ主義、いつも同じ場所へ通い、同じような生活、給料は下がることはあっても上がらない。

 

いい加減自分でやろう

焼き芋屋さんの頃の自分に戻ろう・・・自由に仕事がしたい♬

そんな事を、常日頃、考えており独立して仕事がしたいと決意し水面下で準備するようになった。

サラリーマンの不自由さから開放されたい。

絶対にこのままいると絶対に駄目になるだろう。

周りの死んだイワシの様な目を見ていると自分まで腐ってきそうだった。

そんなジレンマでちょっとしたノイローゼだったかもしれない。

そんな矢先、前々からお世話になっていた転職エージェントからある出版会社を教えてもらった。

 

日本一のマーケテイング集団

そんなフレーズを初めて聞いた。俄然興味を持ちアプローチした。

そうして面接の時、今後のビジョンを聞かれたので正直に言ってみた

 

”後三年以内に独立したいと思っています”

”なぜ今しないのですか?”

”今しない理由があるのですか?”

 

そう・・・その言葉で、ひょうたんから駒みたいな形で起業した。

そうして2年、徹底的にマーケティングを取得し直した。

出版社に配属されダイレクトレスポンスマーケティングやコンテンツマーケティング等

1つのプロジェクトで億を売り上げるようなプロフェッショナルとチームを組んで進めていった。

  • 有名作家のプロジェクト
  • コンテンツプロデュース
  • ベンチャー企業集客のプロジェクト、
  • 物販のサイトの運営・プロモーション
  • 起業支援のプロジェクト

とても刺激的で面白いプロジェクトに携わった。

マーケティング施策で短期間でとてつもない売上を上げる瞬間を何度も体験することが出来た。

このプロフェッショナルな環境で徹底的に鍛えられた。

今までだと、絶対知り合えないような人とも仕事をさせて頂いている。

その会社とも契約終了して離れ、完全に一人ビジネスを始めた。

そして1年で法人化することができた。

今後はさらにダイナミックにビジネスを発展させます。

 

しかし、、この長いプロフィール長いですよね^^

最後までお読みいただきまして有難うございます。

グレイトフルメソッドプロデューサー 猪上素啓

PS
あなたとの出会いに感謝します。

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